幽玄の蝶

蜉蝣(かげろう)の日常を綴ったブログです!

憧れを超える日

彼女は私の憧れだった。

 

容姿だけを見ればきつめの印象を与えがちだが、実際に接しているとそれがひっくり返る。騎士として歴が長いからと偉ぶるような事もなく、どんな人間に対してでも、勿論私に対しても分け隔てなく接する。それ故に領民からも慕われており、名実共に騎士の筆頭とも呼べる存在。

 

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そんな彼女の「心」に惹かれて、私も国を守る騎士となった。

比べるのもお粗末なぐらいの未熟者だが、憧れの人と同じ仕事に就ける喜びは何物にも代えがたい。どんなに辛い内容でも耐え抜いてこなした。

 

ある日のこと。近隣に突如として出没した大型のモンスターの討伐隊隊長として任命された彼女は、危機に陥った部下の身代わりとなって命を落とした。この訃報は瞬く間に国中に広まり、彼女を悼む者は後を絶たなかった。

 

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私も目標としていた人物に訪れた突然の死。どういった反応をすれば良いのか戸惑った。悲しい気持ちはあれど、何故か涙は流れない。薄情な自身の感情を呪う時もあったが、とある手記を発見してから考えを改めた。

 

親交のあった者の代表として遺品の整理を任された時のことだ。すっかり生の気配が消え去った部屋の隅に置かれた机の引き出しの奥に、真新しい封筒を発見した。興味本位で手に取って開くと、そこには丁寧かつ繊細な文字が面々と並んでいるではないか。字体で誰が書いたのかを察した。これは彼女の手記だ。

 

夢中になって読み進めると、己の死が間近に迫っているのを予期していたのか、それを暗示するような記述が複数あり、さらに下へと目を走らせると、彼女の信念・・・想いが綴られていた。

 

『富や地位、名声など必要ない。騎士にとって真に大事なのは、人の明日を守ることにあり。たとえ我が身散ろうとも鋼の魂は不滅。我が心、誇り高き騎士と共にあり』

 

この言葉に、私は感銘を受けた。ずっとずっと、誰かの明日を・・・命を守る。彼女は、ただそれ一点の為だけに刃を振るい続けていたのだ。

そうだとも、泣く必要など何処にもない。親愛なる部下の命を守って旅立ったのだ。騎士の志が消えない限り、彼女の魂は死なないのだから。

 

以来私はさらに自分自身を鍛え、騎士として恥じない生き様を残せるよう務めた。

 

 

 

それから幾何の時が流れ、以前彼女の命を奪った例のモンスターが出没したとの報せを聞きつけた。望むは最前線。無論、復讐の為の討伐志願ではない。その存在によって脅かされる命があるのなら、私は騎士として役目を果たすまでだ。

 

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いよいよ決戦。私は深く目を閉じ、魂となった彼女へ語りかける。

 

「今日こそ、あの日救えなかった命を守ってみせます」

 

迷いはない。受け継いだ一振りの刃を手に、私は目一杯の咆哮を戦場へ解き放った———

 

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